2010年10月6日

ラーメンズ「TOWER」

 人にラーメンズが好きだというと、たいがい過去の人だろうというリアクションをされます。理由は簡単で、「テレビに出ていないから」。お笑い芸人はテレビに露出することができなくなったらオシマイで、だからラーメンズも過去の人。ふつう、人はそう認識してしまうみたいです。

 いや、じつは私もそう思ってました。ついこないだまで。
 でも、じつは今年のはじめにイヤになるほど退屈な時間があって――要は入院してたのですけど――友人がお見舞いに、ラーメンズの公演を収録したDVDをもってきてくれたんです。

 感心したんですよ、すごく。
 ラーメンズはテレビに出られなくなったのではない。出なくなったのです。あえてテレビというメディアを去り、彼らが向かった先は、舞台という古典的な場所でした。ふつうはそれじゃ商売にならないんですけど、彼らは公演収入とその後に発売されるDVDの販売収入、それだけで10年以上活動を続けることができている。テレビに出る芸人のギャラが二束三文と噂される昨今、たぶん収入はこちらの方が多いでしょう。
「芸人はテレビに出てナンボの商売」というのは、固定観念にすぎないんですね。それ以外のビジネスモデルもあるんです。彼らがそうしたモデルをつくったのだ、と言ってもいいでしょう。その意味では、ラーメンズは新しいお笑いビジネスのあり方を構築したイノベイターである、ということもできます。

 残念ながらそのせいで、多くの人は彼らを過去の人と認識してしまう。でも「多くの人に知ってもらう必要はない、かぎられた人に大切に思ってもらえればいい」というスタイルは、ひょっとしたらこの時代、正しいあり方なのかもしれません。ホラ、今ってロング・テールの時代じゃないですか。
 まあ、ひとことでなんでもかたづけようとするわかったような言葉は置いておいても、個人的には彼らのスタイルをとても好ましく思いました。もしかしたら、「出版」という風前の灯火なメディアに関わり、どうにかこうにか口に糊している自分と重ねるところがあったせいかもしれません。

 以降、ラーメンズのDVDはすべて見ました。おもしろいのもあるし、なんだかなあと思うものもある。でも、総じて楽しんでいたんですね。一時期、寝る前に部屋を暗くしてラーメンズを観るのが、日課みたいになっていたこともありました。

 先日発売された彼らの第十七回公演をおさめたDVD「TOWER」は、ちゃんとAmazonでポチッとやって買ったんですよ(わざわざ買ったと断るのは、過去のものはレンタルで見ていたからです)。

 結論から言えば、たとえば「ALICE」や「CHERRY BLOSSOM」といった過去の作品の方が、ずっとよくできていたと思います。
 おそらく、脚本と演出を手がける小林賢太郎さんにとって、ラーメンズはかならずしも表現しやすい器ではなくなっている、ということなのでしょう。
 俳優としてちょいちょいテレビに出ている片桐仁さんとはちがって(私は未見ですが、NHKの連ドラにも出ていたそうです)、小林さんはかたくなに「舞台」というメディアに固執し、それゆえ表現の器をいろいろ開拓してきました。ひとつが比較的、演劇色の濃い「KKP」であり、もうひとつが彼のソロ・パフォーマンスです。

 KKPはまだしも、彼のソロ・パフォーマンスが私には今ひとつ楽しめません。
 小林さんはすごく器用な人なんですよ。パントマイムだって一流だし、舞台の視覚効果に関しても相当な計算力がある。それはおおいに認めるんですけれども、それゆえに彼ひとりだと、舞台がスノッブになり過ぎちゃうんです。だから、つまらない。退屈なんです。すくなくとも私にとってはそうです。
ラーメンズのいいところは、そうしたスノッブさが片桐さんのキャラクターによって、うまいこと中和されるところです。「泥臭さ」といって悪ければ「人間臭さ」といってもいいかもしれません。そういうエレメントがないと、たまーにイイ絵があるんだけど、基本的には退屈な絵が並ぶ美術館の廊下を歩いているような感じで、疲れちゃうんだと思います。

「TOWER」は、そうした小林さんのソロの色が濃厚なんです。無言のパフォーマンスが多いせいかもしれません。ある程度ストーリーがある脚本で片桐さんを使えば相当におもしろいんですが、視覚効果を求める小林さんのソロ・パフォーマンスのほうに寄ってしまっている。ソロに片桐さんを乗っけた感じでしょうか。
 まあ、まっとうな脚本はKKPで書いてるから、ってことかもしれません。現在、ラーメンズの公演は2年に1ぺんしかおこなわれず、そのあたりも小林さんがラーメンズという器に大きな興味を抱いていないことがうかがえます。たぶん多くの人が同意すると思うけど、彼の脚本が輝くのは、2人というすごくミニマムな編成で、片桐仁という俳優を使ったときなんですが。

 それでも、買ったものだからでしょうか、愛着があるんですね、何度か繰り返し見ています。あやとりのコントとタワーマニアのコントが好きです。