2007年11月20日

恋する中年


 ヒッチコックの「めまい」を見た。

 なんで今頃そんなもんを見てるんだ、と問われると答えに窮するけれど、要は好きなんですよヒッチコック映画が。
 ヒッチコック映画ぐらい、カウチポテトに向いてるものはそうそうないと思うんです。……な~んて言うと、世の映画ファンに袋叩きにされるだろうな。いいんだよ、私にとってのヒッチコックは、ずっとそういうものだった。

 なんとなく退屈するとレンタル・ショップでヒッチコックを借りてきて見る。最低でも年に3作は見てるだろう。当然、同じものを何度も見たりしている。いちばん多いのはたぶん「レベッカ」、次いで「バルカン超特急」だろうか。

 でも、「めまい」を見るのは2度目である。たぶん15年ぶりぐらい。最初に見たときの印象も悪くなかったんだけど、それからもう一度見ようという気にはなかなかならなかった。どうしてなのか理由は判然としないが、たぶん、現在の目で見るとあまりに陳腐な例の総天然色アニメーションの印象が強かったんだろうな。はじめて見たときは力が抜けたもんなー。

 しかし、しかしである。
 今回見た「めまい」は本当に素晴らしかった。ヒッチコックってすげえなあ、と久々に思ってしまった。

 知ってる人も多いと思うけれど、この映画、二部構成になっている。前半はヒッチコックお得意のサスペンス/スリラー。幽霊に取り憑かれた女(キム・ノヴァク)を、探偵役の元刑事(ジェームス・スチュアート)が追う。女は不幸な死に方をしたスペイン系移民の女性に憑依されていて、不可思議な行動をとる。しかも、その間の記憶がまったくない。
 とぎれとぎれの記憶、夢で見た場所……そんな白昼夢のような光景を、ヒッチコックはまるで前衛絵画のようなカメラアングルを駆使して描き出していく。色彩や光の加減も細部まで計算しつくされている。まず、これに圧倒された。「めまい」ってやっぱすげえんだ、と再認識してしまった。

 後半は前半のタネ明かしと、主役の男女の恋愛劇を主軸としている。ハッキリ言って、トリックのネタそのものは大したもんじゃない。だからミステリーとして見れば肩すかしを食らってしまうが、「めまい」がほんとに凄くなるのは後半の方である。前半では健常だったはずの元刑事が、どんどん常軌を逸してくる。サスペンスを喚起する主体が、前半は女だったのが、男の方に移っているのだ。前半で幽霊ネタを使ってさんざん煽っていた不安が、ここにきて効果を現してくる。幽霊なんざいない現実の方が、ずっと不安なのである。

 男が異様さを増していくのは、彼が恋をしているからだ。
 中年男の恋は、偏執的である。マトモじゃないのだ。その異様さ・みっともなさ・どうしようもなさ。それだけでもじゅうぶん異常なのに、ヒッチコックはそこに怒りと復讐心と嫉妬を加えてみせる。凄惨、ここにきわまれりである。そして、とってつけたような幕切れ。2時間の美しき悪夢は、とつぜん、鐘の音とともに終わりを告げる。

 15年前には、わからなかった。むろん、楽しむことはできたんだけど、中年男のキチガイじみた恋愛の凄まじさには、理解が及ばなかった。それを理解するには若すぎたのだ。

 オッサンになんないとわかんないもんって、やっぱりあるんだよな。



 

4 件のコメント:

takebow さんのコメント...

ヒッチコックはトリュフォーなどフランス映画の巨匠(当時はヌーベルバーグともて囃された)たちに絶賛されてましたよね。本当に映像作りのプロなので、古くて新しいものが今でも詰まっているのでしょうね。

1TRA さんのコメント...

トリュフォーがヒッチコックにインタビューした「映画術」という本がありましたね。読んでみたいなあ、と思うんですが、あれだけでかい本だと二の足ふんじゃうんですよねー。

takebow さんのコメント...

平凡社の「フランソワ・トリュフォー映画読本」がお薦めです。友人のK氏が編集したものです。流石に「定本 映画術」はキツイですから、ぜひ手に取ってみて下さい。 

1TRA さんのコメント...

おお、そんな本があるのですか。
余談ですが、トリュフォーって残念ながら見たことがありません。フランス映画は何しゃべってるかわかんないから二の足踏んじゃうんだよな……ゴダールは何作か見ましたが。