2007年12月8日

ソクーロフ『太陽』を観る


 ソクーロフの映画『太陽』をようやく見た。
 takebow師匠のブログで紹介されていたときから気になっていたんだけど、なにぶんにも映画館は得意じゃない。見たい見たいと思いつつ、ついつい見そびれてしまった。

 これは見る機会を逸してしまったかな、と思っていたら、しっかりDVDソフトが発売されたし、レンタル店にも話題作として入荷した。むろん、「外国映画だから」ということもあるんだろうが、たぶん昭和天皇が「歴史」になったということも大きいんだろう。

 見ながら、ぼんやりとベルトリッチの『ラストエンペラー』を思い出していた。あれは歴史の波をもろにひっかぶって庭師として人生を終えた皇帝の物語だった。だが、エンペラー・ヒロヒトはついに「ふつうの人」になることはなかった。
 中国の歴代皇帝の中には、皇帝として生まれながらも、「ふつうの人」として人生を終えた人はたくさんいる。しかし、日本の天皇の中にはそんな人はいない。万世一系、なんて眉唾くさいことを言うつもりはないが、皇室というのはやはり唯一無二なのだ。そんなことを今更ながらに思ったりした。

 ソクーロフ監督についてはよく知らないが、生物学者でもあったエンペラー・ヒロヒトの内面を、じつに見事にフィルムに収めていたと思う。ことに、帝都空襲の描き方は見事だった。
 エンペラーは帝都に住んでいながら、帝都の惨状を見てはいないのである。爆撃の音は聞いていても、被害にはあっていない(皇居は爆撃されなかった)。だから、空襲は彼の頭の中にしかないのである。
 ソクーロフはそれを、空を泳ぐ巨大な魚と燃える街のイメージで、見事に描き出していた。あれがリアルなB29の編隊だったなら、映画は一気に安っぽくなってしまっただろう。限られた予算でも、美しい映画はつくれるのだ。大いに感動させられた。

 エンペラーを演じたイッセー尾形は、一世一代の名演をしている。たぶん、あれほどまでにエンペラーその人に肉迫することができる俳優は、(さまざまな制約のせいもあって)二度と現れないだろう。彼は得意の形態模写を駆使して、エンペラーの苦悩も不幸も神々しさ(と、言っていいと思う)も、みごとに表現していた。
 エンペラーも草葉の陰でお喜びになっているのではないか。あれほどの表現力を持つ俳優は、世界に二人といるまい。まさしく日本の宝である。

 エンペラー・ヒロヒトには個人的に興味があって、いろいろ本を読んだりしたこともある。それゆえ、なのかもしれないが、くりかえし見たくなるような、本当にいい映画だったと思う。


ソクーロフ『太陽』インタビュー
http://www.cinematopics.com/cinema/topics/topics.php?number=877
http://www.sbbit.jp/article/art.asp?newsid=2062

4 件のコメント:

takebow さんのコメント...

ついに御覧になりましたか。佐野史郎の侍従が御上と呼ぶシーンなど至る所にリアリティを感じさせてましたね。映画館ではあまり好ましくない状況での鑑賞だったので、ぜひ一度ゆっくりとビデオ鑑賞したいと思います。

1TRA さんのコメント...

佐野史郎も桃井かおりもいい演技してましたよね。桃井はちょっとしか出てこないのに、ラストシーンにおける存在感は圧巻でした。日本側プロデューサーはむろんのこと、俳優陣の勇気にも拍手を送りたいです。

匿名 さんのコメント...

ご無沙汰してます、ケズル子です。この映画、映画のスクールに通っていた友人の友人が初めて買い付けた映画で、みなさんご想像の通り、なかなか上映してくれる映画館が見つからなくて苦労したそうです。
いい映画でしたよね。イッセー尾形の演技、というかもう昭和天皇にしか見えないのですが、素晴らしくて…。
takebowさん同様、私も映画館で立ち見したので、今度じっくりDVDで見たいと思います。

1TRA さんのコメント...

ケズルちゃん、コメントありがとう。上映館を探さねばならなかったとの情報、貴重ですね。やっぱりそうだったのかあ。
私ももう一度みたいと思っています。二度目もきっと新たな発見があるはずだ、という期待を抱かせてくれる映画でもありました。