2008年8月14日

或るソウル・シンガーの死


 音楽をネットでダウンロードして購入する、という習慣はない。ネットで流通するmp3をはじめとした圧縮音源に今ひとつ馴染めていないというのもあるし、なんのかんの言って旧態依然のCD/アルバムという流通形態に愛着があって、入手するならそっちを、と考えてしまうからだ。

 でも、過去に一度だけ、音楽をダウンロード購入したことがある。オリトという日本人ソウルシンガーの「感謝の歌」というシングルだった。
 世の中じゃダウンロード購入というもんが流行っているみたいだから、一度試してみよう、などと思ったわけではない。その形でしか流通してなかったから、やむなくダウンロードで買ったのである。
 シンガー・オリトの人気のほどは、この一事をもって伺い知ることができよう。過去には何枚かアルバムを出してたみたいだけど、シングルCDを出せるようなアーティストではなかったのだ。早い話が、誰も知らない歌手。それがオリトだった。

 でも、彼の「感謝の歌」を聴いたときはほんとに衝撃を受けた。

 きょうび、ブラック・ミュージックの一形態としての「R&B」に影響を受けた日本人歌手は、掃いて捨てるほどいるだろう。雨後の筍のように次々出てくるから名前も覚えられないけれど、みな大した歌唱力を持っている。じっくり聴いたわけじゃないから一概には言えないが、サウンドはビヨンセとかメアリー・J・ブライジみたいな打ち込みのヒップホップ・ソウルを模したものが多く、メロディはわりと歌謡曲的だったりすることも多いようだ。

 オリトの「感謝の歌」も、同様にブラック・ミュージックを模したものである。だが、彼の歌はいわゆる「R&B」ではない。本国アメリカではとうに死んだといわれるソウル・ミュージック、ニュー・ソウル・コンボのスタイルを使った、トーキング・ブルース風の日本語の歌。それがオリトの歌なのだ。日本語詞の乗せ方もみごとで、まさに「ソウル」としか言いようのない音楽になっている。こういう表現もあるんだなあ、と大いに感心し、感動した。
 たぶん、一昨年のことだったと思う。私はいそいそと、慣れないダウンロード購入で、彼の歌を手に入れたのだ。


 それから幾星霜。話は昨日のことになる。ディスクユニオンで、オリトのアルバムを見かけた。「感謝の歌」も入っている。へえ、アルバム出せたんだ、良かったじゃん、と思ったのも束の間、ジャケットに穏やかならざるものを感じた。
 アルバム・タイトルは「イモータル・オリト」。ジャケットは、あのオーティス・レディングの遺作「イモータル・オーティス」のパロディになっている。

 これはひょっとすると、と思って帰宅してから調べてみると、やっぱり、そうだった。オリトさんは亡くなっていたのだ。今年の2月、ツアー先の大阪で。享年43。若すぎる死であった。

 売れてない歌手だからこそ、生で聴く機会も簡単に得られるだろうと思っていたが、残念ながらそれも果たせなくなってしまったようだ。オリトは、知る人ぞ知る、知らない人はまるで知らない歌手のまま、あの世に行っちまった。

 訃報を知って、「感謝の歌」をあらためて聴いてみた。偶然だと思うけれど、ひょっとするとオリトさんは、死ぬのがわかっていてこの歌を歌ったんじゃないか、と思ったりした。この曲は彼のラスト・レコーディングになったというが、スワン・ソングが「感謝の歌」なんて、出来すぎじゃないか。

 冥福を祈りたい。
 知っている曲はたった1曲、あとは素性も知らず、それ以上の興味も持たなかったけれど、あなたの歌は、たしかに私に届いた。これもたぶん、なにかの縁だろう。

 おそらくは有志の手によって出されただろうラスト・アルバム「イモータル」は、買おうと思っている。



ラスト・アルバム「イモータル」。1曲目からアル・グリーンのカバー。
http://www.amazon.co.jp/IMMORTAL-SOUL-ORITO/dp/B001A9TJJ8


吉祥寺のライブハウス「JIROKITI」における「感謝の歌」のライヴ演奏。
JIROKITIはこれまた知る人ぞ知るブルース・クラブである。後半部のアドリブが圧巻。
http://jp.youtube.com/watch?v=MdcRztAQoZE

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