2009年2月7日

陶酔の梅花

 梅が咲く季節になった。私は梅の花が大好きなのである。可憐で愛らしい花弁が黒い幹にぽつぽつと白く開きはじめたとき、春がはじまる。それだけで、なにやら心が浮き立ってくるではないか。

 私の家の近所にはちょっとした梅林がある。ふだんは気にもとめないが、この季節だけはここをゆっくりと通りすぎる。つぼみが赤くふくらみはじめたぐらいから観察をはじめ、やがて白いものがのぞき、それが徐々に開くのを、毎日、つぶさに観察する。
 花がひとつ開けば、あとは増える一方だ。2、3日もすれば、殺風景だった黒い林が、美しい白衣裳をまとう。

 今日は5分咲きといったところだろうか。遠くからでも、林が白くなっているのがわかった。うきうきする。梅林に近づくにつれ、甘い香りがしてきた。ああ、なんていい香りだろう! 
 春の香りだ、と思って、私は胸腔いっぱいに吸い込んだ。
 心が洗われるようだ――そう思った途端、やけに香りが強いじゃないか、と気づいた。

 正月に上野公園に行ったとき、蝋梅を見たのである。蝋梅の黄色い花は見た目もかわいらしいけれど、なによりその香りの鮮烈さが特徴的だ。私は蝋梅の香りに、文字どおり陶酔の心地を味わった。
 その記憶が残っていたから、つい梅も、芳香を放つものと思ってしまったのである。だが、言うまでもなく梅はそれほど強い香りを持たない。だとするならば、この甘い香りはいったいなんなのだ?

 梅林と通りをはさんだ向かいの住宅で、壁の塗装をやっていた。甘い香りは、塗料の香り、もっといえばシンナーの香りであった。

 私はなかば酩酊したようになって、梅林を後にした。
 

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

uh.. 10x for style!