2009年2月20日

忘却のひと

 吉祥寺で、かなり大切な取材があった。最寄り駅までの道すがら、そのことばかり考えていたのは事実である。所持金が不足していたのは認識していたから、銀行に立ち寄ってお金をおろし、その後電車に乗り込んだ。
 取材はうまくいった。上機嫌で帰路につき、最寄り駅に着いた。私はいつも、駅前の駐輪場に自転車を置いている。ところが、自転車が見あたらない。
 駐輪場をくまなく探した。ゆうに10分は探していた。大した広さもないのに、である。
 その間、「銀行でお金をおろすとき、銀行の前に自転車を停めた。あそこに置きっぱなしなのでは?」とは何度も考えた。しかし、そんなはずはない、と思い直したのである。ふだん、私は銀行から駅に歩いて向かうことはない。銀行→駐輪場→駅というのが通常のルートだ。
 たしかに、銀行から駅までの記憶はすっぽり抜け落ちている。取材前で、もの思いにふけっていたからだ。だが、だからこそ無意識のうちに、駐輪場に自転車を停めているにちがいない、と考えた。習慣だからこそ、無意識化されるのである。日常の習慣とは異なる行動をとっていて、それを記憶していないとは考えにくい。

 もう、自転車は紛失したと思わなければならない。そう覚悟を決めて、一応銀行前も確認しておこう、と銀行へ向かった。
 自転車は、あった。
 あきれずにはいられなかった。銀行から駅まで歩くという、普段とは異なる行動をとっていながら、私はまったくそれを記憶していなかったのである。夢遊病に近い。
 自転車を見つけたときには、ハハハハと乾いた笑い声が出た。

2 件のコメント:

takebow さんのコメント...

出ましたか、ついに。乾いた笑い。それはヤバイ老いへの一里塚です。次に二つ以上のことが出来なくなります。そして小生は今、重要な固有名詞が出なくなってきてます。いよいよ大台になる今年、どんな老いが待っているのか。。。

1TRA さんのコメント...

ああーやっぱヤバイ老いですか。認めたくないなー(笑)。
じつは、固有名詞の忘却もすでにはじまっております……