2007年4月8日

ドキュメント 謎の出版社「成瀬書房」を追え!

 Books.or.jpというサイトがあります。

 社団法人・日本書籍出版協会によって運営されるサイトで、現在、書店で入手可能な書籍を検索できるようになっています。なにやら天下りの匂いがプンプン漂ってきますが、それを批判することが本稿の目的ではないのでここでは置くことにいたしましょう。
 現在でこそ、大書店やAmazonなどの通販会社のサイトが充実してきましたから、その利便性が伝わってきませんが、インターネット黎明期にはずいぶんお世話になったものです。

 先日、ここである作家の本を検索いたしました。
 検索結果がこれです。

 この検索結果をよく見ると、「成瀬書房」なる出版社があることがわかります。さらによく見ると、成瀬書房は30,582円とか、べらぼうに高い本を出版していることがうかがえます。

 森敦の『月山』は芥川賞受賞作ですが、多くの芥川賞作品がそうであるように、決して長大な作品ではありません。
 上の検索結果にも出ていますが、文藝春秋社から文庫が出ています。これが、他に7作品を収録して、定価は580円です。平素から文庫に親しんでいる方ならば、この値段の文庫がどのくらいのページ数かはだいたい、わかってもらえるのではないでしょうか。

 いったい、3万円以上の本とはどのような豪華本なのか。あるいは目の不自由な方向けの点字の本とか、そういった特別な加工のほどこされた本なのかもしれない、とも思ったのですが、そうした本にしては、少々値段が張りすぎるように思いました。

 試みに「成瀬書房」でググってみましたが、同社のサイトは検索されません。どうやら、インターネットでの宣伝活動はしていない会社のようです。

 どんな会社なのか、どんな本を出しているのか、さっぱり手がかりが得られないので、ジュンク堂書店のサイトで検索してみることにしました。ジュンク堂は、池袋をターミナルにして生活する私のような人間にとっては、もっとも利用頻度の多い大書店であります。
 その検索結果がこれ

 驚いたことに、ジュンク堂のような大書店でさえ、すべての本が「在庫無し 現在この商品はご注文いただけません」という扱いになっています。同じことを紀伊国屋書店のサイトでもやってみましたが、結果は同じでした。

 ようやく見つけることができた小さな手がかりがこれ
 福岡女子大学付属図書館の資料展パンフレットを、pdf形式で公開したものです。成瀬書房から刊行された丹羽文雄の『鮎』を、こう解説しています。少々長いですが引用しましょう。

●(8)丹羽文雄『鮎』(成瀬書房、特別愛蔵本、1973年、85000円)
 対照の妙を考えて、同じ丹羽の『鮎』の大型の豪華本をもう一冊展示する。
 1970年代、80年代を中心に特異な限定版を多く世に送った成瀬書房が刊行したもの。成瀬書房は「署名入り限定版文学全集」を意図し、200部前後、20000円前後の限定本を約80種刊行している。部数の多さや、求めやすい価格など、これらはいわば限定版の普及版とも言うべきものである。成瀬書房は、更にこの中から10数種を、大型の「特別愛蔵本」として別途刊行している。こちらは11部から30部程度、価格も35万、40万というものまである。本書は「特別愛蔵本」の第一冊目を飾るもの。永田一脩が岐阜県馬瀬川で釣った鮎の魚拓をそのまま表装したもの。見返しに金布目和紙、三方金は22金を使用という贅沢な作りである。二重箱入り、内箱は会津産桐箱、外箱蓋裏に鮎の郵便切手と限定番号を記した小紙片を貼付。市販限定30部のうち第21番本。


 どうやら、著者のサイン入り豪華本、ということのようです。それが85000円。装丁も相当豪華なんだろうな、と思わせますが、驚くべきは、もっと豪華な本があるということ。「金布目和紙、三方金は22金を使用」して35万~40万円。どんなものだかハッキリとはわかりませんが、「金」という字が3回も使用されていることから考えても、相当豪華な本であるといえるでしょう。おそらくは、本そのものにもゴールドと同じ価値があるような。
『鮎』という小説だから鮎の魚拓をそのままデザインに使っているとありますが、上記の『月山』ならどんなデザインを使うんでしょうか。有名画家が描いた月山の絵とか?

 いずれにせよ、豪華本を出版している出版社だということはわかりました。値段と装丁、発行部数から考えて、受注生産であることも想像がつきます。

 でも、まだ謎が残っています。
 私は本にたいするフェティシズムは一切持っていない人間なので、「絶対にあり得ない」と断言できますが、かりに私が、成瀬書房刊の『月山』30,582円を購入したいと思ったとします。
 いったい、どこで買えばいいのでしょう? 大書店では「現在この商品はご注文いただけません」だし、なおかつネットで受注を受けつけているわけでもない。
 自分でも暇なことやってんなと思いつつ、104で問い合わせもしてみましたが、「成瀬書房」で届けはないそうです。つまり、電話でのアクセスもできないのです!

 上記の福岡女子大学のパンフには、「1970年代、80年代を中心に特異な限定版を多く世に送った」とありますから、現在は存在しない、高度経済成長を背景とした成金向け出版社である、と考えることは可能です。ですが、だとすると矛盾が出てきます。

「現在入手可能な書籍を収録する書籍検索サイト」Books.or.jpに、なぜ堂々と掲載されているのか。上記の検索結果を見るとわかりますが、成瀬書房の本はいずれも80年代に刊行されており、Books.or.jpのサイトの方がずっと新しいのです。データのデジタル化に際してチェックしてるものと思いますし、もし消去忘れだとすれば、「社団法人 日本書籍出版協会」の職務怠慢だということになります。オレ様が身を削って払った税金から補助金出てんだろ、カネ返せ、てな話にもなるでしょう。

「日本書籍出版協会」に問い合わせてみようかと思いましたが、なんとなく自分がタチの悪いクレーマーになりそうなので、やめておきました。気分が乗ったらやるかもしれませんが。

 謎の出版社「成瀬書房」。その正体に関して情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、是非ご一報を。


 

8 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

ちょっと気になって調べてみたら、石原慎太郎(当選するんだろうなぁ)の『十代のエスキース』というのが紹介されてました。下の怪しげなネット(右っぽい)書店で三浦朱門や室生犀星の「肉筆ではない豪華直筆本」←謎な表現を発見しました。国立国会図書館には現物があるんでしょうね。

http://myshop.7andy.jp/myshop/acqe36?shelf_id=05

1TRA さんのコメント...

takebow師匠、こんなマニアックな話題にコメントありがとうございます(感涙)。
ご指摘のネット書店、見ましたが、ホントに右っぽいですね(笑)。しかも、書店のくせに現物を見たことがないところが笑わせる。いずれにせよ、これを見たことで成瀬書房の本が流通してることを確認できました。ありがとうございます。
またぞろ石原都政4年間ですね。浅野ならひょっとするとひょっとするぞ、とか思ってたんですが、まるで勝負にならなかった。石原人気は根強いですねー。

匿名 さんのコメント...

幻の「東京オリンピック話」に期待している輩の多いこと。ちょっと考えれば、無理なの分かりそうなのに。今日のインタビューが傲慢だって怒っている人いたけど、そんなら入れるなよ。そういうヤツじゃん。

1TRA さんのコメント...

傲慢でも知名度やら歯に衣着せぬ差別発言やらテレビ局の協力(半生のテレビドラマ化)やらで、なんとなく石原な人が多いってことなんでしょうね。石原は経世会をあれほど口汚くののしる癖に、オリンピック招致ではしっかりゼネコンと組んでる(推測ですが)。
私はご本人も好きじゃないがバカヅラ下げたその息子たちはもっと嫌いです。一族を国家の中枢に堂々とのさばらせているという事実を、なぜみんな容認すんのかがわからない。

匿名 さんのコメント...

そういえば、上の石原氏の10代の画集なんですが、表紙だけなら見れます。お探しの成瀬書房版では珍しいかと思いますが、いかが?

http://www.bk1.co.jp/product/1743273/?partnerid=99easylink

1TRA さんのコメント...

takebow師匠、お返事が遅れてしまいすいません。つい失念してしまいました。
師匠が知らせてくれた石原氏の画集、mixiで友人に教えたんですが、デザイン的に珍しいので「欲しい~」とか言っておりました(友人はデザイナーです)。

匿名 さんのコメント...

http://www.isbn-center.jp/cgi-bin/isbndb/isbn.cgi
成瀬書房連絡先 千葉県船橋市
047-448-3722

山本正史 さんのコメント...

成瀬書房を検索していましたら、このブログがありましたので、投稿させていただきます。

成瀬書房さんの代表は、三笠書房を退社されて出版業を始めたとは、奥さんが書かれた成瀬書房発刊の「ひとり出版社」に記されています。小生はそれを本日読んでいたので、成瀬書房を検索していたわけです。

本は愛書家に購入されたようです。まあ、「高度成長時代の産物」といえばそれは間違ってはいないと思いますが、現在も愛書家はおり、豆本なども高い値段で流通しています。

まあ、小生はまつやま書房という1500円前後の本を出版している出版社(創業1980年)ですが。

代表は愛蔵本を見て悦になっていたとは奥さんの文書ですので、ほんとに本人も愛書家であったのだと思います。